小説「新・人間革命」 信義の絆45  12月21日

この会談で、山本伸一は、風雲急を告げる世界の火薬庫・中東の問題について、和平実現のために、何点かにわたる提案をしようと思っていたのである。

 中東問題は、決して中東地域だけの問題におさまらず、世界各国の政治・経済に影響を与え、第三次世界大戦の危険性さえもはらんでいる問題といってよい。

 伸一は、キッシンジャー国務長官の中東和平への懸命な努力に、期待をいだいていた。そして、中東地域に恒久的な平和を実現してほしいと切望していたのだ。

 伸一の提案は、具体的な和平交渉の次元を超えたものであり、より根本的で長期的な、平和のための理念を示すものであった。

 いわば、中東の平和に関する基本原則を提示したのである。

 中東問題は歴史的な深い原因があることから、もつれた糸のような状態になっていた。もはや一時的な対症療法的な対応策では、本質的な問題の解決は図れない状況であった。

 だから伸一は、和平のための基本原則を提案しようと考えたのだ。

 しかし、会談の席で、この問題を詳細に論じれば、長い時間がかかってしまう。そこで、多忙な長官が貴重な時間を長く使わなくてすむように、提案を四百字詰め原稿用紙十枚ほどにまとめ、その英訳を用意してきていたのである。

 伸一は、常に相手の立場に立って心を配った。心遣いは人柄の発露といってよい。

 彼は、中東和平についての自分の主張をかいつまんで語ると、この書簡を手渡した。

 「今、拝見してもよろしいですか」

 長官は言った。伸一が「どうぞ」と答えると、文書を読み始めた。

 最後まで目を通した長官は、また、最初に戻って読み始めた。

 中東和平の基本原則の一番目に伸一が示したのは、「力を持てる国の利益よりも、持たざる国の民衆の意見が優先されねばならない」ということであった。それが平和を実現する鉄則である。

 次々と土地を奪われたパレスチナ人の権利を回復し、パレスチナの民衆の不幸を優先して解決しない限り、中東における恒久的な平和は達成できないからだ。