小説「新・人間革命」 信義の絆47

山本伸一は書簡のなかで、さらに、次のように訴えた。

 ――米ソ両国は、紛争当事者を交渉のテーブルにつかせるよう努力することは大切である。しかし、具体的な交渉内容については、「民族自決」の原則を重んじ、双方が直接の話し合いによって決める必要がある。

 彼は、あえて、具体的な兵力の引き離しや国家の承認問題については、触れなかった。それも、当事者同士の話し合いによって決定すべきであるとの考えによるものであった。

 伸一は、書簡に、この提言を「人類の平和を願ってやまない一人の友人からの真心」として受け取ってもらえれば幸いであると記した。

 そして、世界平和への自らの決意を述べ、こう書簡を結んでいた。

 「今、世界は、中東情勢の刻一刻の動静とともに、あなたの一挙手一投足に固唾をのんで注目しております。

 私もまた、あなたの中東和平への努力が大きく花を咲かせ、実を結び、戦乱の絶え間なかった中東の民衆から、そして全世界の持たざる国の貧しい不幸な人びとからも、感謝と喜びの喝采の拍手があなたに注がれるよう、陰ながら祈りたいと思います」

 キッシンジャー国務長官は、この書簡を、三回繰り返して読んだ。

 そして、顔を上げた。

 「数日、思索させてもらいます。今度は、石油問題についても、ぜひ提言してください。

 山本会長のご意見は、ニクソン大統領にも、必ずお伝えします」

 伸一は、感謝と尊敬の思いを込めて語った。

 「大変にありがとうございます。長官は激務に次ぐ激務で、お疲れのことと思います。また、さまざまなご苦労がおありでしょう。しかし、勇気をもって、人類の平和のために進んでください。

 私も、もし、必要とあれば、どこへでも飛んでいきます」

 最後に伸一は言った。

 「奥様にくれぐれもよろしくお伝えください」

 すると、長官は柔和な微笑を浮かべ、「サンキュー、サンキュー」と言って頷いた。

 はにかむような、その笑顔に、ヘンリー・キッシンジャーという人間に触れた思いがした。

 笑顔のある対話は、人の心を一層結びつける。