小説「新・人間革命」 信義の絆50  12月27日

山本伸一は、大平正芳蔵相に、忌憚なく、自分の思いを語った。

 「日中平和友好条約については、早急に締結していただきたいと私は切望しています」

 条約の締結は、伸一がかねてから主張し続けてきたことであった。

 彼は、「日中国交正常化提言」を行った翌年の一九六九年(昭和四十四年)には、連載中の小説『人間革命』第五巻「戦争と講和」の章のなかで、平和友好条約の締結を提案したのである。

 七二年(同四十七年)の日中国交正常化によって、両国に橋は架けられたが、まだ簡粗で不安定な「吊り橋」のような橋である。子々孫々にわたって崩れぬ堅固な「金の橋」を架けるための土台となるのが、この平和友好条約なのである。

 伸一は言葉をついだ。

 「さきほど、キッシンジャー国務長官とお会いしてきました。長官は、日本と中国は、ぜひ平和友好条約を結ぶべきだというご意見でした」

 「そうなんです。キッシンジャーさんは周総理から、条約締結の応援を頼まれているようです」

 伸一の脳裏に、北京の病院で周恩来総理が、命を振り絞るようにして語った言葉が蘇った。

 「中日平和友好条約の早期締結を希望します」

 その声には、“自分の命が尽きる前に、なんとしても……”という気迫があふれていた。

 伸一は、周総理を思いながら蔵相に言った。

 「これは、断固、成し遂げなければならないテーマです。

 大平先生への皆の期待は大きいといえます」

 蔵相は、決意をかみしめるように語った。

 「日中平和友好条約は必ずやります。

 しかし、若干、時間はかかります。年内は無理かもしれません。

 日中問題は、実は『日日問題』なんです。日中友好に慎重な勢力の強い抵抗があります。三木総理はやりたくとも味方は少ない」

 伸一は、ひときわ大きな声で言った。

 「国民が味方ですよ。平和を望む国民はみんな味方です。応援します」

 正しい決断であれば世論は、必ず最後は味方する。ゆえに、不屈の行動を貫くのだ。

 伸一は条約締結のために、陰ながら全精力を注いで応援しようと心に誓っていたのである。