小説「新・人間革命」 SGI34 2月11日

功徳を受けるたびに柯文隆は、信心に対する確信を深めていった。彼は仏法を、人に語らずにはいられなかった。

 相手の幸せを願い、仏法対話に励むと、さらに歓喜と充実を覚えた。

 「われわれは他人のために生きたとき、はじめて真に自分のために生きるのである」(注)とは、文豪トルストイの真理の言葉である。

 人間と人間の輪のなかに、広宣流布の活動のなかにこそ、生命の躍動と真実の歓喜があるのだ。

 柯文隆の店の二階で、座談会は毎晩のように開かれた。そこに高康明がやって来て、日蓮大聖人の仏法のすばらしさを訴えるのである。

 「あそこに行けば、いい話が聞けて、幸せになるそうだ」

 そんな噂が広がった。

 柯文隆は、クアラルンプールで弟の浩方と共に暮らす母にも、仏法の話をしに行った。母は、息子が熱心に勧める信仰ならばと、入信した。

 しかし、浩方は、兄の話を、せせら笑いながら聞いていた。

 彼はこう思っていた。

 “なぜ、兄貴は、よりによって日本の宗教などやったのかな……。

 日本は、戦時中は武力侵略し、戦後は経済侵略をしてきた。その上、今度は、宗教侵略を狙っているのか。

 兄貴にも困ったものだ。そのお先棒を担いでどうするんだ”

 一九六九年(昭和四十四年)五月のことであった。マレーシアで、選挙を契機にして、人種問題から暴動が起こった。

 マレーシアもシンガポールも、マレー系、中国系、インド系などの人びとで構成される多民族国家である。

 クアラルンプールでは非常事態が宣言され、店を開けることもできない日が続いた。

 “このまま、いつまで混乱が続くのだろうか”

 不安にさいなまれた浩方は、母の御本尊に向かい、題目を唱えてみた。

 店は、暴動に巻き込まれることもなく、やがて事態は収束した。

 彼は“俺は守られたのだ”と思った。

 しかも、その後、店の商品が飛ぶように売れ始めたのである。

 題目の力を実感した浩方は信心を始めた。

 彼は、この出来事から、どうすれば人種間の争いがなくなるのか、真剣に考え始めた。



引用文献: 注 トルストイ著『文読む月日(上)』北御門二郎訳、筑摩書房