小説「新・人間革命」 人間外交32  4月8日

高齢の毛沢東主席、闘病中の周恩来総理に代わって、トウ小平副総理は、事実上、大中国の一切を支えていたのだ。

 トウ副総理の双肩には、この先、さらに責任が重くのしかかってくるにちがいない。

 山本伸一にはトウ副総理の心労が、痛いほど感じられてならなかった。

 伸一は言った。

 「貴国は大きな国であり、創価学会は小さな団体です。

 立場は違いますが、指導者が大変な事態にある時に、人びとをまとめて、新たな発展を遂げなくてはならないご苦労は、よくわかります。

 中国がさまざまな困難を乗り越えて、未来に進むためにも、トウ先生の健康が大切です。どうか、くれぐれもお体を大事になさってください」

 誰もが同じ人間である。共に人間である。人間としての真心の励まし、いたわりこそ、立場も、世代も、イデオロギーも超えて、人間と人間が結び合う要であろう。

 相手が誰であれ、その言葉を自然に発することができるなかに、人間主義がある。

 伸一の思いが通じたのか、トウ副総理は静かに頷いた。それから、大きく目を開いて語った。

 「皆さんは、大変な事態や危機を克服して、これほどまでに大きく運動を進めてこられた。これは容易なことではなかったと思います」

 それから話題は、世界情勢に移り、第三次世界大戦の可能性に及んだ。

 トウ副総理は、多くの核兵器、通常兵器をもつソ連アメリカは、世界にとって大きな脅威となっていることを指摘した。

 そして、こうした状況下にあっては、「私たちとしては、それに対応し得る十分な備えをせざるをえない」と述べた。

 特にソ連に対しては、中ソ間のイデオロギー論争や国境紛争などの経過を、時に語気を強めながら語り、「覇権主義である」と厳しく批判するのである。

 しかし、伸一には、それがトウ副総理の本当の考えとは思えなかった。

 中国はまだ「四人組」が実権を握っており、一月に開かれた第四期全国人民代表大会で、ソ連との対決姿勢を明らかにしたばかりである。

 トウ副総理としては、その路線に基づいた発言しかできなかったにちがいない。