小説「新・人間革命」 人間外交33 4月9日

現実は常に厳しい。平和を望みつつも、歴史的な経緯のなかで、利害や憎悪の感情などが複雑に絡み合い、もつれた糸のように、一筋縄ではいかない状況をつくり出しているケースが多い。

 しかし、だからこそ、過去に縛られて、憎悪と反目の迷路を堂々巡りするのではなく、平和の未来図を描き、そこに向かって、新しき前進を開始するのだ。

 山本伸一は、トウ小平副総理に率直に尋ねた。

 「歴史的には、複雑な経緯があるでしょう。しかし、大切なのは今後であると思います。中国は、アメリカとも、ソ連とも、また、世界のどの国とも、友好を結ぼうというお考えはございますでしょうか」

 平和を望むのか、戦争を望むのか――まず、定めるべきは、その根本姿勢である。それが明確であれば、進むべき道は定まってくるのだ。

 トウ副総理は答えた。

 「私たちは、ソ連に対して国家関係の改善を望んできましたが、イデオロギーをめぐって対立し、現在も論争が続いています。しかし、イデオロギー論争にとどめ、国家関係を悪くさせないことはできます」

 中国は、平和のためにソ連との関係の改善を希望し、そのための努力を払うことの意思を示す発言といってよい。

 それならば、事態は複雑そうであっても、道は見えている。平和の方向に勇気をもって踏み出せばよいのだ。

 副総理は話を続けた。

 「また、アメリカとは一九七二年(昭和四十七年)に、ニクソン大統領、キッシンジャー大統領補佐官らが中国に来て、上海で共同声明を発表しました。これによって、中国とアメリカ両国の関係は大きく改善され、よい方向に進もうとしています」

 ここで伸一は、米ソが戦争となる危険性についてどう見るかを尋ねた。

 副総理は答えた。

 「その危険性はあります。米ソは、恒久平和、緊張緩和を訴えてはいますが、実際には緊張状態がつくりだされ、軍備を増強しているという現実があるからです」

 「なぜ、そうしているとお考えですか」

 「世界の覇権を握ろうとしているからです」

 覇権の争奪は、相互不信を招き、対立の溝をますます深めていく。