小説「新・人間革命」  4月12日 人間外交36

トウ小平副総理は、日中平和友好条約には覇権反対を明記しなくてはならないと、力を込めて訴えたあと、山本伸一に、三木武夫総理への伝言を託した。

「お帰りになられましたら、三木総理にお伝えください。

『三木総理に必要なのは、勇気と決断です。

 三木総理が、いろいろな方面から邪魔され、圧力を受けていることは理解しています。

 しかし、総理が決断されることを、われわれは望んでいます。

 共同声明から前進するのではなく、後退することがあれば、それは三木総理にとってもよくありません。これは、友人としての衷心からの意見です』と」

 伸一は、さらに、日本がソ連となんらかの条約を結ぶことについて、中国の見解を尋ねた。

 日本が、ソ連とも、中国とも友好を進めるうえで、大事な問題であると考えたからだ。

「それは、日本政府自身の問題です」

 含みのある言葉だが、中国は日本とソ連が条約を結ぶことに対して、必ずしも反対の立場を取るとは限らないようだ。

 伸一は、こんな質問もしてみた。

「参考のために、もう一つ伺います。たとえば、覇権反対は、日中平和友好条約の条文で謳うのではなく、前文で謳うというのでは認められないのでしょうか」

 伸一は、日中両国の未来のために、平和友好条約は断じて実現させなければならないと必死であった。

 そのために、日本政府が条約の案を考えるうえで、指標となる話を聞き出さなければならないと思った。

 責任ある語らいには具体性がある。あいまいな結論では、新しい前進はない。

 トウ副総理は、慎重に言葉を選びながら答えた。

「条約のなかでどう扱うかは、研究の余地があるでしょう」

 伸一は、これで平和友好条約についての、中国の見解は、ほぼ明らかになったと思った。

 語らいのなかで、伸一は、中ソの友好と平和を切望しながら、こう水を向けてみた。

「八億人民の中国に対するソ連の態度も、これからは、だんだんと、変わってくるのではないでしょうか」