小説「新・人間革命」 共鳴音32  6月25日

パリの街は、淡い夕日に包まれていた。

 欧州友好祭の会場であるサル・プレイエルは、凱旋門の近くにあった。

 午後七時半前、山本伸一と峯子が会場に入ると、歓声があがり、一斉に握手を求める手が差し出された。

 「メルシー(ありがとう)、メルシー」

 伸一は、フランス語でこう言いながら、次々に握手を交わしていった。

 彼の「メルシー」が、途中から、英語の「サンキュー」に変わった。

 さらに、同じ「ありがとう」を意味するドイツ語の「ダンケシェーン」に、スペイン語の「グラシアス」に、イタリア語の「グラッチェ」になっていった。メンバーは、ヨーロッパ各国から来ていたからである。

 伸一の手を握り締めながら、「先生、国境を三つ越えて来ました!」と報告する人もいた。

 「そうですか。ご苦労様です。やがてヨーロッパが統合され、国境でパスポートを提示する必要がなくなる時代がきっときますよ。それが時代の流れです。

 そのために、ヨーロッパに求められるのは、精神の連帯です。国家や民族などを超えて、心と心を結び合うことができる哲学が、必要不可欠になります。

 それを担うのが、私たちの人間主義の運動なんです。今日は、そのスタートとなる集いです」

 伸一は、一人ひとりと握手を交わし、懸命に対話した。

 やがて、欧州友好祭の幕が開いた。

 舞台は暗転し、そして、ハトが舞うシルエットが映し出され、詩の朗読が始まった。

 「平和を知らぬ、この大地よ。

 私たちは、幾たび戦争に駆り立てられてきたことか。

 いつの日か、呼びさまそう。真実の尊厳を! 生命の尊厳を!

 友情の開拓のため、希望の明日をめざして!」

 ヨーロッパは社会体制によって、西ヨーロッパと東ヨーロッパに分かれ、ドイツなどは一国が東西に分断されていた。

 そのヨーロッパの統合は、伸一が対談したクーデンホーフ・カレルギー伯爵の悲願であった。

 ヨーロッパの統合には、地球民族主義という考えに立つ伸一の理想と、深く通じ合い、共鳴し合うものがあった。