小説「新・人間革命」 共鳴音46  7月11日

山本伸一は、五月十九日の午後には、ロンドンからパリに戻り、その足でパリ郊外にある作家のアンドレ・マルロー宅を訪問した。

 マルローは“行動する作家”として知られる。

 青年時代に仏領インドシナを訪れた彼は、植民地政策に疑問を感じ、反植民地運動、さらに中国の革命運動を支持する。

 そして、小説『征服者』『王道』『人間の条件』などを世に出す。

 やがて、スペイン内戦が起こると、共和派の義勇軍として参加し、その体験を『希望』として発表する。

 第二次世界大戦では、戦車部隊として戦うが負傷し、ドイツ軍の捕虜となる。

 脱走したマルローは、レジスタンス運動の闘士となり、戦後はド・ゴール政権下で文化相などを務めた。

 伸一との最初の出会いは、一九七四年(昭和四十九年)五月のことであった。日本での「モナ・リザ展」の開催のため、フランス政府特派大使として来日した際に、聖教新聞社で会談したのである。

 この時の語らいは三時間近くに及び、テーマも芸術・文化論、生死観、核問題、環境破壊など多岐にわたった。その時、フランスでの再会を約し合ったのである。

 以来、一年ぶりの語らいである。

 マルロー邸は、芝生の広がる緑の館であった。

 会談では、日本の針路をはじめ、世界情勢と二十一世紀の展望などについて語り合った。人間の変革こそ最重要事であるというのが、二人の一致した意見であった。

 “行動する作家”は訴える。

 「今、何が大事か――それは人間です。人間の精神革命から始まります。自分は一個の人間として何ができるかを考え、行動を起こしていくことです」

 伸一は答える。

 「おっしゃる通りです。人間の変革以外に人類の新たな局面を開くことはできません。エゴを抑え、人類の善性を最大限に拡大することです」

 人間革命は、人類の未来を考える世界の知性の帰結なのだ。

 伸一は、このアンドレ・マルローとも、これらの語らいをまとめ、翌年八月、対談集『人間革命と人間の条件』を発刊している。