小説「新・人間革命」 宝冠8  7月23日

山本伸一は思った。

 “ショーロホフ先生のご病状は、かなり悪いのであろう。ご自身の七十歳を祝う記念式典に出席できず、さぞかし残念であるにちがいない……”

 彼は、信念の文豪の健康回復を祈り、心から題目を送った。

 レセプションでは、参加者の代表があいさつに立った。チェコスロバキアの詩人に続いて、伸一がスピーチを求められた。

 「日本におけるショーロホフ文学の愛好者を代表して、一言、ごあいさつをさせていただきます。

 ショーロホフ文学では、大地に根を張るように、力強く生き抜く一個の人間の運命と世界の転換とが、一体化されて描かれております。つまり、民衆こそが歴史の底流を支えるということがテーマになっております。

 そして、その作品には、歴史という運命に翻弄されながらも、未来に向かって生き抜こうとする、人間の強さがある。それは、人間への信頼であり、讃歌であります。

 そこに、多くの青年たちの人生観、社会観に、大きな影響を与え、引き付けてやまないショーロホフ文学の魅力があると思います。

 しかし、ショーロホフ先生がこの場におられたなら、『そんなことを言う前に、まず飲め!』と言われるにちがいありません」

 どっと笑いが広がり、拍手が起こった。

 このユーモアが、幾分、緊張気味であった雰囲気を和らげた。

 彼は話を続けた。

 「ショーロホフ先生は、お酒を手に多くの人びとと、自由に、対等の立場で対話を交わされた。ここに集われた世界各国の方々も、そうして対話されてきたと思います。

 先生は、何よりも対話を愛される方です。

 今や、世界の人たちが、本当に人間同士として話し合える下地はできています。私どもは、ショーロホフ先生と共に、同じ人間として、世界の平和と友好のために、対話を広げていこうではありませんか!」