小説「新・人間革命」 宝冠10 7月25日

「山本会長! ようこそソ連へ」

 休憩時間、山本伸一と峯子がロビーに出ると、ロシア語で呼びかける声が響いた。

 振り向くと、そこには、劇作家で『アガニョーク』誌の編集長を務めるA・V・サフローノフと、エベリーナ夫人がいた。

 伸一と峯子は、日本を訪問したサフローノフ夫妻に、この年の二月に聖教新聞社で会い、約二時間半にわたって、人物論、文学論などを語り合っていた。

 その折、伸一とサフローノフは意気投合し、特に詩をめぐっては対話に熱がこもった。

 すると、エベリーナ夫人が言った。

 「山本先生も主人も、本当に詩を愛しておりますね。その二人の四つの目が見つめているのは、人の心でしょう」

 伸一は声をあげた。

 「まったくその通りです。私は名もない、無名の詩人ですが、人間の心を見つめる眼は確かです。一点の曇りもありません」

 すると、サフローノフは言った。

 「私は、山本先生のご意見に、全面的に賛成です。ただし、一つだけ反対があります。それは山本先生が、ご自身を『名もない、無名の詩人』とおっしゃることです。この発言を認めることはできません。もし、山本先生が無名の詩人であるなら、世界のどこに高名な詩人がいるというのでしょう。世界のどこに優れた詩があるというのでしょう」

 真剣そのものの顔であった。

 以来、三カ月ぶりの対面である。

 「また、お会いできて嬉しい!」

 伸一は言った。

 二人は互いの手を強く握り締めた。休憩のわずかな時間であったが、語らいは弾んだ。

 「人びとの幸福のために書いてください。人間性の勝利のために書いてください。私たちは平和のための文筆闘争の戦友です」

 伸一が言うと、サフローノフは「すばらしい言葉です」と、目を輝かせて頷いた。

 短時間でも、生命を打つ対話が交わされれば、心と心は強く結ばれるのだ。