小説「新・人間革命」 宝冠12  7月28日

ソ連滞在の三日目となる五月二十四日、山本伸一の一行は、モスクワにあるソ連のスポーツ施設を視察した。

 漕艇場や、陸上競技のメーン会場となるレーニン中央競技場など、五年後に開催されるモスクワ・オリンピックに向けて、着々と施設の整備が進んでいた。

 オリンピックの開会式、閉会式が行われる中央競技場は、十万を超す座席がある。しかし、入退場は十五分でできるように工夫されているとのことであった。

 スケート場では、何人かがフィギュアの練習をしていた。そのなかに、伸一も見覚えのあるペアがいた。女性は一九七二年(昭和四十七年)の冬季オリンピック札幌大会で金メダルを獲得したI・K・ロドニナ選手であり、男性はA・G・ザイツェフ選手であった。

 このペアは、七三年(同四十八年)以来、世界フィギュアスケート選手権で、毎年、優勝を重ねてきていた。また二人は、つい一カ月ほど前に、結婚したばかりであった。

 伸一は、練習を見学しながら、その華麗な演技に、思わず拍手を送った。

 ほどなく二人が来た。伸一は語りかけた。

 「おじゃましてすみません。日本から来ました山本と申します。お二人は、日本でも有名です。本日は、お会いできて光栄です」

 こう言って握手を交わすと、ザイツェフ選手が言った。

 「ようこそ、モスクワへ」

 「ありがとうございます。私はモスクワが大好きです。そのモスクワでのオリンピックの大成功を祈っております。

 お二人の見事な演技は、世界の友好を促進する力です。音楽は『世界を結ぶ言葉』です。そして、スポーツは『世界を結ぶ動作』です。だから、言語の壁を超え、国境を超えて、競技が感動を呼ぶんです。

 お二人のご健闘とご多幸をお祈りします」

 二人の選手は、瞳を輝かせて頷いた。

 生命に響く言葉がある。伸一は、その言葉を懸命に紡ぎ、常に全力で対話に努めた。