小説「新・人間革命」  8月18日 宝冠29

 ストリジャック主任講師は、いかにも困ったという顔で、山本伸一を見つめた。

 モスクワ大学の名誉学術称号は、細菌学者のパスツールや進化論のダーウィン、詩人のシラーやゲーテ、また、政治家では、インドのネルー初代首相や中国の周恩来総理など、人類史に輝く巨人たちに贈られている。

 ストリジャックは、それを辞退したいという伸一の考えが理解できないようだった。

 伸一は、同大学の名誉学術称号の重さをよく知っていた。それだけに、まだ自分など頂戴すべき立場ではないと考えたのだ。

 また、彼には“本来、自分には、社会的な名誉など必要ない。常に、民衆のなかに生きる「無冠の勇者」でよい”との思いもあったのである。

 ストリジャックは懇願するように語った。

 「この名誉博士号は、モスクワ大学として、先生の平和、教育への貢献を讃え、捧げたいと、決定したものです。もし、先生にお受けいただけなければ、私たちが困ります。どうか、ご辞退などなさらないでください」

 沈黙が流れた。ストリジャックは、トローピン副総長をちらりと見て、困惑し切った顔で、視線を落とした。

 伸一の傍らにいた峯子が口を開いた。

 「捧げたいとまでおっしゃってくださっているんですから、お断りするのは失礼ではないでしょうか。お受けすれば、モスクワ大学の方々も、お喜びくださいますし……」

 ストリジャックの顔に光が差した。

 「先生、どうか、お願いいたします!」

 伸一は思った。

 “確かにモスクワ大学のご厚意を無にすべきではないのかもしれない。また、辞退すれば、多くの方々に迷惑をおかけしてしまうことになろう。この真心をお受けし、全力を注いで、日ソの未来のために尽くし抜こう!”

 「わかりました。それでは、僭越ながら、ご厚意を、ありがたく頂戴いたします」

 ストリジャックは、その言葉をトローピン副総長に伝えた。副総長が瞳を輝かせた