小説「新・人間革命」 宝冠30  8月19日

「山本先生! ようこそ、モスクワ大学においでくださいました。今日一日は、“モスクワ大学デー”にしていただきます」

 ホフロフ総長は、こう言って山本伸一の一行を迎えた。

 午前十時、伸一はクレムリンに近いモスクワ大学旧館のゴーリキー記念図書館で行われた書籍展示会のテープカットに臨んだ。前年の九月に寄贈した三千冊の図書が、広く一般公開されることになったのである。

 前々日は夏の陽気であったが、この日の明け方には摂氏四度にまで下がり、寒い一日であった。しかし、会場前には三百人ほどの学生が詰めかけ、熱気にあふれていた。

 テープカットに先立ち、ホフロフ総長が満面に笑みを浮かべてあいさつした。

 「書物は、人類の歴史、文化の一切が収められた貴重な文化財です。会長からお贈りいただいた、ここにある三千冊の図書は、ソ日両国の、そして、全人類の相互理解のための大きな力となることは間違いありません。

 今回、わがモスクワ大学は、両国の一層の交流推進を願い、創価大学に三千冊の図書贈呈を決定いたしました。本日は、その本の一部も、あわせて展示しております」

 これに応え、伸一が感謝の言葉を述べた。

 「盛大に書籍展示会を開催し、私どものささやかな真心の図書を、最大に活用してくださり、心より御礼申し上げます。また、創価大学への図書贈呈、大変にありがとうございます。早速、創価大学の学生に伝えさせていただきます。

 書物は、人間の英知の結実です。書物の交換は、人間交流の貴重な第一歩となります。贈呈いただく図書は、尊い友情の、黄金の結晶です」

 大きな拍手がわき起こった。

 書物を贈ることは、文化の橋を架けることだ。心を結ぶ道を開くことだ。良書には国境を超えた精神の触発がある。「良書を読むのは良い人との交りに似ている」(注)とは、アメリカの思想家エマソンの名言である。



引用文献:  注 『エマソン選集2』入江勇起男訳、日本教文社