小説「新・人間革命」 宝冠39  8月29日

山本伸一の講演は、いよいよ本題に入っていった。彼は、これまでに会った、世界の心ある識者、指導者は、東西文化交流の早期実現を強く念願し、その声は世界の潮流となってきていることを述べ、こう力説した。

 「民族、体制、イデオロギーの壁を超えて、文化の全領域にわたる民衆という底流からの交わり、つまり、人間と人間との心をつなぐ『精神のシルクロード』が、今ほど要請されている時代はないと、私は訴えたいのであります。

 それというのも、民衆同士の自然的意思の高まりによる文化交流こそ、『不信』を『信頼』に変え、『反目』を『理解』に変え、この世界から戦争という名の怪物を駆逐し、真実の永続的な平和の達成を可能にすると思うからであります。

 民衆同士の連帯を欠いた単なる政府間協定が、一夜にして崩れ去り、武力衝突の悲劇へと逆転した歴史を、われわれ人類は何回となく経験してきたのであります。同じ過ちを繰り返してはなりません」

 ここで彼は、歴史のうえで長年培われてきた「民族的敵意」の問題に触れた。そして、「民族的敵意などというものは、正体のない幻である」と断言したのである。

 伸一は、その一例として、互いに敵だと教え込まれてきたギリシャ人とトルコ人の、キプロスでの交流のエピソードをあげて、こう訴えた。

 「いかに抜きがたい歴史的対立の背景が存しようとも、現代に生きる民衆が過去の憎悪を背負う義務は全くないのであります。

 相手の中に“人間”を発見した時こそ、お互いの間に立ちふさがる一切の障壁は瞬くうちに瓦解するでしょう。実際、私は今、皆さんとともに話し合っています。交流しています。皆さんとは、平和を共通の願いとする友と信じます。皆さんはいかがでしょうか!」

 大きな賛同の拍手がわき起こった。大事なことは、過去に縛られるのではなく、同じ人間として未来に向かって生きることなのだ。