小説「新・人間革命」宝冠48  9月9日

コスイギン首相との会談では、日中平和友好条約の締結が進められようとしているなかでのソ連の対応について、首相が山本伸一に、率直に意見を求める一コマもあった。

 伸一は答えた。

 「何があっても、大局観に立って、悠々とすべてを見下ろすように様子を見ていくことも、一つの方法ではないかと思います」

 彼は、首相には、共に時代の底流を凝視してほしかった。中国と対立を深めるのではなく、対話へ、友好へ、平和へと、舵を取っていってほしかったのである。

 この時期、中ソ関係は、最悪の事態を迎えていた。しかし、激しく非難し合ってはいても、戦争へと迷走することはなかった。

 両国首脳は、伸一という一つのパイプを通して、戦争を避けようとする、互いの心音と息づかいを感じていたのかもしれない。

 伸一は、険悪化する中ソの関係を改善するためには、自分が両者の懸け橋になろうと覚悟を決めていた。

 対立する両者に、対話の必要性を語り、友好と平和への歩みを開始させることは、いかに難しいかを、彼はよく知っていた。両者から反感をかい、憎まれることもある。

 しかし、だからこそ、自分がやるべきであると、彼は心を定めていたのだ。

 “誰にも評価されずともよい。二十一世紀のため、平和のため、人類のために、やらねばならぬテーマなのだ!

 ソ連と中国が、固い握手を交わし合う時まで、粘り強く、幾度となく、訪ソ・訪中を重ねよう……”

 語らいの最後に、コスイギン首相は、眼を輝かせて、未来を見すえるように、感慨のこもった声で語った。

 「ソ連と日本は、非常に明るい見通しのある協力関係が可能です。日本とソ連が協力し合ったら、極東のために大きな力を発揮していけると思います」

 会談は、まさに、友人同士の胸襟を開いた対話となったのである。