小説「新・人間革命」  1月19日 新世紀49

山本伸一松下幸之助に、次々と質問をぶつけた。質問は双方、百五十問ずつとした。

 松下の質問は、根源的で、鋭かった。たとえば、政治に関しても、「政治はなんのために行われるものか」「わが国の政治に一番欠けているものは何か」「総理大臣に望まれる要件とは」「政党同士の対立と協調のあるべき姿」「派閥は解消できるか」といった問いが相次いだ。

 伸一は、質問にも苦心した。尋ねたいことはたくさんあったが、的を射た質問でなければ、先方に失礼になる。

 的確な質問は、よい答えを引き出すが、愚問は、いたずらに相手を悩ませ、無駄な時間を費やさせることになるからだ。

 松下は、人生の大先輩である。したがって人間の生き方については、特に意見を聞きたかった。伸一の質問もまた、根源的な問いかけとなった。

 「人間の最も人間たる条件は何か」「人はなんのために生きるのか」「女性の特質と役割について」「悔いなき人生のために何が必要か」などを尋ねていった。

 伸一が「これまでの半生で、最も苦労し、心身を削られたという、苦闘の人生史の一ページを、お話しいただければ」との質問をすると、意外な答えが返ってきた。

 「実はこの種のご質問が一番お答え申し上げにくいのです。と申しますのは、正直のところ、自分の歩みを、今静かに振り返ってみて、あの時は非常に苦しかった、大変な苦闘であったという感じがあまりしないのです。

 他人からみて苦闘と思われることはあっても、自分ではそのなかに常に喜びというか希望が輝いており、そのため苦労という感じがなかったのかもしれません」

 希望をもって困難に立ち向かい、努力する人には、苦闘や苦労などといった実感はない。

 「人間が満足を覚ゆるのは努力にあり、成功においてではない。十分な努力は完全なる勝利である」(注)とは、マハトマ・ガンジーの名言である。



引用文献: 注 エルベール編『ガーンディー聖書』蒲穆(かば・あつし)訳、岩波書店=現代表記に改めた。