小説「新・人間革命」  12月24日 未来31

 園児をバスで送った山本伸一は、夕刻、札幌支部結成二十周年の集いに出席し、さらに札幌創価幼稚園に戻り、教職員と懇談した。

 伸一は、皆に要望を尋ねた。すると、通園バスに名前を付けてほしいとの意見が出た。

 「それは、みんなで決めましょう。すぐ、紙にバスの名前を書いて出してください」

 メモが伸一の前に出された。目を通した伸一は言った。

 「『きぼう号』にしよう」

 拍手がわき起こった。

 「ほかに何か、要望があったら、なんでも言ってください。園児たちのために、また、教職員の皆さんのために、私にできることは、なんでもしたいんです。

 と言っても、実際には、できないことの方が多いかもしれません。しかし、それが、私の心であることを知ってください」

 皆、静かに頷いた。入園式前日から今日までの、伸一の行動を見ていて、誰もが、その彼の心を、痛いほど感じていたのである。

 園長の館野光三は思った。

 “こうした創立者の心を、伝えることができる教職員でなければならない。また、その創立者の心を感じ取ることができる、子どもたちに育てなければならない……”

 人の心がわかる子どもを育む。それが、人間教育の第一歩と言えるかもしれない。心が敏感であってこそ、感謝が生まれ、喜びも生まれる。

そして、心が満たされていく。心を豊かにし、強くしていってこそ、幸福を築くことができる。心を育まずして教育はない。

 翌四月十八日は、伸一が東京に帰る日である。この日は日曜で幼稚園は休みであった。

 伸一は、出発前、園長の館野らに言った。

 「明日、子どもたちが、『山本先生は、どうしたの』と言ったら、『急に用事ができて、東京に帰ったけれど、みんなによろしくと言っていたよ』と伝えてください」

 伸一は、園児たちが寂しがることが、心配でならなかったのである。