小説「新・人間革命」  1月27日 学光1

 「教育だ! 知性の光だ! 知性の光だ! すべてはこの光から出て、またこの光にもどる」(注)

 これは、文豪ユゴーの叫びである。

 教育は、人間に「知」という力を与え、人びとの幸福を、尊厳を、自由を、平等を実現していく必須の条件である。

 一九七六年(昭和五十一年)五月十六日、ツツジが群れ咲く東京・八王子市の創価大学のキャンパスは、日曜日だというのに活気にあふれていた。

 青葉が茂る石畳を、スーツ姿に身を包んだ男女青年や婦人、壮年など、幅広い年代の人たちが、中央体育館に向かっていた。なかには、白髪の老婦人や、杖を手にした老紳士の姿もあった。

 どの顔も誇らかであり、その歩みは、はつらつとしていた。創価大学の通信教育部の開学式に参加するため、北は北海道、南は九州、沖縄など、全国各地から集って来た通教第一期生の学生たちである。

 正午、開会を告げる司会の声が響き、大拍手が高鳴るなか、開学式が始まった。

 通信教育部長の開式の辞、法学部長のあいさつに続いて、通信教育生代表が元気いっぱいに抱負を語った。

 「必ずや、生きた学問を身につけ、それを職場に、社会に生かし、自己完成への道を歩んでまいります!」

 向学の息吹にあふれた、決意であった。

 ここで、創立者山本伸一のメッセージがテープで流れた。

 伸一は、なんとしても、通信教育部の開学式に行き、学生たちを激励したかった。しかし、この日は、海外からの来客が予定されており、開学式に出席することは難しかった。そこで、やむなく、事前に、メッセージをテープに録音することにしたのだ。

 通信教育部の開設は、伸一が、創価大学の設立を誓った時からの夢であった。いや、民衆教育をめざす彼にとっては、そこに、大きな眼目があったといってよい。



引用文献:  注 「レ・ミゼラブル」(『ヴィクトル・ユゴー文学館4』所収)辻昶訳、潮出版社