小説「新・人間革命」 5月 13日 勇気35

山本伸一が、「人間革命の歌」を作ろうと決意したのは、六月の末のことであった。
 彼は、以前から、創価学会の精神と思想を表現した、創価学会の歌ともいうべきものが必要であると考えていた。
 学会には、草創期に歌われてきた、「学会の歌」と呼ばれ、愛唱されていた「花が一夜に」という歌があった。
     
 一、花が一夜に 散るごとく
   俺も散りたや 旗風に
   どうせ一度は 捨てる身の
   名こそ惜しめや 男なら
     
 この歌は、もともと、太平洋戦争の直前にレコード発売された「熱血の男」という歌であった。
その歌詞が、広宣流布に生きる不惜身命の心意気に通じるところから、牧口常三郎初代会長の時代から、学会でも歌われるようになっていった。原曲の三番を省き、四番を三番として歌っていたのである。
 一九四三年(昭和十八年)七月、軍部政府による大弾圧の嵐が学会を襲う。牧口も、戸田も、逮捕され、翌年十一月十八日、牧口は獄死する。
 取り調べの場で、牧口の死を聞かされた戸田は、悲嘆の底に沈む。しかし、彼は、決然と頭を上げた。恩師・牧口の遺志を受け継ぎ、広宣流布という平和と正義の大闘争に、わが生涯を捧げることを誓ったのである。
そして、獄中で、その誓願を託した詩「独房吟」を作っている。
 戸田は、この詩を「学会の歌」の四、五、六、七番として、一人、心で歌い、自らを鼓舞してきたのだ。戦う魂の歌は、勇気を、力を、希望を、歓喜をわかせる。
 その四番には、こうある。
    
 四、恩師は逝きて 薬王の
   供養ささげて あるものを
   俺は残りて なにものを
   供上まつらん 御仏に
 
■引用文献;  *小説『新・人間革命』文中の「学会の歌」(原題「熱血の男」作詞=奥野椰子夫)の一番の歌詞は、JASRAC 出1004528―001。