小説「新・人間革命」 母の詩 11 10月14日

「困難といわれる五段円塔を完成させ、今こそ、不屈の学会精神を示そうじゃないか」
 五段円塔の演技指導責任者の石上雅雄は、皆に、こう呼びかけた。
 彼は、絶対に無事故で、大成功させてみせると、深く決意していた。
 練習初日は、まず、五段円塔の四段に挑戦した。皆、足腰が不安定だ。こんな状態で大丈夫かと思いながらも、円塔を組んだ。すると、四段目の二人が、外側に落下した。
 石上は、とっさに、二人を受け止めようと、落ちてくる地点に、頭から滑り込んだ。一人を腰で受け、もう一人を肩で受けた。見事なヘッドスライディングであった。
 二人にも、石上にも、怪我はなかった。
 落下するメンバーを、自分の体で受け止めて、守ろうとする責任者の行動に、誰もが感動を覚えた。
また、これを契機に、いい加減な気持ちがあれば、事故につながってしまうのだという緊張感を、皆がもつようになったのである。
 この時、出演者の心は、一つにまとまったといってよい。
 「指導者にとって、勇気は決して欠くことのできないものです」(注)とは、あのトインビー博士の箴言だ。
 石上は、薬局を営む薬剤師である。小学校から高校まで野球をしており、ヘッドスライディングには自信があった。
 石上が身を挺してまで、メンバーを守ろうとしたのは、山本伸一への誓いがあったからである。
 石上の父親は韓・朝鮮半島の出身で、母親は日本人であり、在日二世として、東京で生まれ育った。物心ついたころから、何度となく、理不尽な差別を受けてきた。
 小学生時代に、地元の少年野球のチームに入った。その監督が、学会の男子部員であった。監督だけは、自分を異質な目で見たり、差別したりすることはなく、常にいたわり、守ってくれた。
石上は、監督の後について離れなかった。学会の会合にもついて行った。
 
■引用文献
 
 注 トインビー著「国家指導者の条件」(『日本の活路』所収)滝沢荘一訳、国際PHP研究所