小説「新・人間革命」 母の詩 14 10月18日

練習が始まっても、五段円塔は、なかなかできなかった。
 九月三日は、大田区の河川敷で練習が行われた。この夜は、折あしく雨になった。
降りしきる雨のなか、ずぶ濡れになりながら、練習に励んだ。メンバーのシャツは、肩も背中も、担ぎ上げた人の靴で、泥まみれになっていた。雨の冷たさが体に染みた。
 雨に濡れた衣服は、滑りやすかった。
 「注意しろ!」「頑張れ!」「今日こそ立てよう!」と、互いに声を掛け合いながら、何度も挑戦を重ねた。しかし、この日も、とうとう五段円塔は完成しなかった。
 練習が終わった時には、誰もが、ぐったりと疲れ果てていた。そして、このまま、五段円塔は立てられないのではないか……という焦燥感にさいなまれていた。
 「題目だ。題目だよ! 明日こそ、必ず立てよう。できないわけがない!」
 メンバーの一人が、叫ぶように言った。
 皆、この日は、深夜まで、懸命に唱題した。
 また、指導にあたるスタッフは、どうすれば成功するのか、真剣に討議を続けた。ただ漫然と、同じ事を繰り返していたのでは、挑戦にはならない。失敗の要因を探り、工夫に工夫を重ねていってこそ、成功はある。
 翌四日は、創価大学サッカー場で、朝から練習が行われた。雨はあがっていた。
 今日こそは、必ず立ててみせるぞ!
 午前十一時半過ぎのことである。四段目が立った。そして、五段目の一人が立ち上がると、両手を広げた。
 「立った! 立ったぞ!」
 五段円塔の練習を見ていた、組み体操の参加者六百人から、歓声と拍手が広がり、さらに、勝鬨が起こった。
 メンバーは、円塔を解くと、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、小躍りし、抱き合い、健闘を讃え合った。円塔が立った場所には、めり込んだような二十人の足跡が、くっきりとついていた。
それが、一人ひとりにかかる、重圧の大きさを物語っていた。