小説「新・人間革命」 母の詩 16 10月20日
五段円塔の二段目が立ち、そして、三段目が立った。だが、波がうねるように、二、三段目のスクラムは揺れている。
“立て! 立ってくれ!”
観客も、祈るような気持ちで、手に汗を握って、舞台を見ていた。
一呼吸置き、円塔の揺れが収まるのを待って、四段目の三人が立ち始めた。円塔が、また、グラッと、大きく揺れた。
“危ない!”
一人が、片足を肩から滑らせたのだ。
それを手で受け止め、三段目で懸命に支えたのが、墨田区で大ブロック長(現在の地区リーダー)をしている森川武志であった。
五段円塔は、絶妙なバランスのうえに成り立つ。一人が片足を踏み外せば、バランスは崩れ、どこかに大きな負荷がかかる。そして、支えきれずに、円塔は崩れてしまうのだ。
“俺が支えるしかない。俺がつぶれれば、五段円塔が崩れる!”
森川は、歯を食いしばり、必死にこらえた。顔はゆがみ、腕も肩も、ブルブルと震えた。
“立ってくれ!”と、心で叫び、唱題しながら、自分の限界に挑み続けた。
“自分に挑み、自分に勝つ”――それが、彼の信条であった。
――森川は、小学校四年の時、胃癌で母を亡くした。彼は、五人兄弟の次男であり、一番下の弟は二歳であった。母が他界したあとは、祖母が子どもたちの面倒をみてくれた。
だが、しばらくは、与えられる仕事は、掃除や後片付けばかりだった。「仕事は、見て覚えろ」という時代であり、丁寧に仕事を教えてくれる先輩などいなかった。
しかし、やらされてできなければ、どやしつけられた。次第に心は萎えていった。
そんな彼を励ましてくれたのが、工務店の社長夫妻だった。夫妻は、学会員であった。その真心に打たれ、彼は入会を決意した。