小説「新・人間革命」 母の詩 18 10月22日

男子部の先輩は、強い語調で、森川武志に語り続けた。
 「君は、人と比較して落胆したり、卑下したりする必要なんか全くないんだよ。他人と比べて一喜一憂するというのは、『仏法を学して外道となる』(御書三八三ページ)という生き方だよ。
 要は、自分の大生命を開けばいいんだ。その時に、自分を最高に輝かせていくことができるし、そこに、崩れざる幸福がある。
 挑戦すべきは、人に対してではない。自分自身にだ。自分の弱さにだ。そして、自分に勝っていくんだよ。焦らずに、自分を磨き、君自身の使命に生き抜いていくんだ!」
 森川は、その通りだと思った。
 以来、彼は、自分に挑み、自分に勝つことを目標に、すべてに挑戦してきた。
 三年後、彼は、静岡県の実家を、自らの手で建て直した。
 そして、自分をさらに磨き、鍛えようと、この一九七六年(昭和五十一年)の東京文化祭に、勇んで出演したのである。
 森川は、五段円塔の三段目で、片足を滑らせた四段目のメンバーの足を、手で必死に支え続けた。呼吸をするのも苦しいほどの、重圧がかかっていた。一秒が、五分にも、十分にも感じられた。
 四段目の三人は、固くスクラムを組み、エビのように腰を曲げたまま、互いに支え合っていた。円塔の揺れが激しく、腰を伸ばし切って立ち上がることはできなかった。
 しかし、やがて、揺れは収まった。四段目は、完全に立ち上がってはいないが、バランスは保たれている。
 五段円塔を立てるなら、今ではないか。 いや、この状態で立てようとすれば、崩れてしまうかもしれない……
 五段円塔の演技指導責任者の石上雅雄は迷った。しかし、彼は、今しかないと思った。
 円塔の中で、彼は叫んだ。
 「五段目、行け!」