小説「新・人間革命」 母の詩 31 11月6日

山本伸一は、母の幸に、日寛上人の「臨終用心抄」を要約して講義し、力強く訴えた。
 「日蓮大聖人は、題目を唱え抜いていくならば、成仏は絶対に間違いないと、お約束されています。
 伝教大師が受けた相伝にも、『臨終の時南無妙法蓮華経と唱へば妙法の功に由て速かに菩提を成じ……』(注)とあるんです」
 そして、伸一は、傍らの御書を開き、「松野殿御返事」を拝読していった。
 「『退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ、妙覚の山に走り登って四方をきっと見るならば・あら面白や法界寂光土にして瑠璃を以って地とし・金の繩を以って八の道を界へり、天より四種の花ふり虚空に音楽聞えて、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、我れ等も其の数に列なりて遊戯し楽むべき事はや近づけり』(御書一三八六ページ)
 大聖人は、“退転することなく仏道修行を重ねて、最後の、臨終の時を待ってご覧なさい。そうすれば、必ず寂光土に行くことができる”と言われているんです。そして、その世界について、こう述べられています。
 『妙覚の山に走り登って、四方を見渡せば、なんと、すばらしいことでしょう。あらゆる世界は、すべて寂光土で、地面には、瑠璃が敷き詰められ、金の縄で、涅槃に至る八つの道の境が作られている。
 天からは、四種類の花が降り、空には音楽が聞こえ、もろもろの仏や菩薩は、常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。私たちも、そのなかに入り、自在の境地を得て、楽しんでいける時は、もう近いのだ』
 つまり、死も、なんら恐れることはないんです。死後も、楽しく、悠々と大空を翔る大鳥のごとき、自由自在の境涯が待っているんです」
 母の幸は、病床に伏しながら、「うん、うん」と、目を輝かせて頷き、伸一の話を聴いていた。それは、伸一が母のために行う、最初で最後の講義であった。
 
■引用文献:  注 日寛上人著「臨終用心抄」(『富士宗学要集 第三巻』所収)堀日亨編、創価学会