小説「新・人間革命」 母の詩 34 11月10日

 山本伸一は、子に愛を注ぐ母という存在は、戦争に人を駆り立てる者との対極にあり、「平和の体現者」であると見ていた。
 彼は、詩「母」のなかで詠んだ。
 
 「だが母なる哲人は叫ぶ――
  人間よ
  静かに深く考えてもらいたい
  あなたたちの後ろにも
  あなたたちの成長を
  ひたすら願う母がいる
  ベトナムアメリカ兵にも
  わが子の生命を強烈に気づかう母がいる
  硝煙の廃墟に苦しむ解放軍の背後にも
  わが子の無事を祈り悲しむ
  傷ましい母が待っているのだ
  母という慈愛には
  言語の桎梏もない
  民族の氷壁もない
  イデオロギーの相克もない
  爽やかな畔道にも似ていようか
  人間のただ一つの共通の感情
  ――それは母のもつ愛だけなのだ」
 
 これは、伸一が、母の幸から学んだ、実感であり、哲学でもあった。
 母たちが人間革命し、さらに聡明になり、この母性の美質を、思想化していくなかに、確かなる平和の大道が開かれるというのが、伸一の信念であったのである。
 彼は、この「母」の詩にメロディーをつけて、わが母を、婦人部員を、そして、世界のすべての母たちを讃えたかったのである。
 伸一が、植村真澄美と松山真喜子に作曲を頼もうと思ったのは、七月二日のことであった。
この日、戸田城聖が出獄した「7・3」を記念して、「恩師をしのぶ会」が行われた。その席で、彼女たちが、「厚田村」「森ケ崎海岸」「緑の栄冠」などの曲を、ピアノとマリンバで演奏してくれたのである。

 伸一は、歌の心を美事に表現した、優雅な演奏を聴いて、この二人なら、きっと、すばらしい曲をつけてくれると確信したのである。