小説「新・人間革命」 人間教育38 3月31日

八月十二日、山本伸一の姿は、創価大学中央体育館の壇上にあった。教育部夏季講習会の全体指導会に出席したのである。
 文化本部長の滝川安雄のあいさつに続いて、伸一が登壇した。
 講習会には、北海道をはじめ、東日本の教育部の代表約二千人が集っていた。
 「教育部の先生方、暑いさなか、本当にご苦労様です!」
 伸一は、まず、参加者の労をねぎらい、強い求道の心を讃えた。
 壇上にいた教育部書記長の木藤優は、伸一の後ろ姿を見ながら、何度も目頭を押さえた。
 〝今日の講習会へのご出席を、お願いするのもためらわれるほど、先生はお疲れであった。それなのに、私たちの心をお酌みになって、出席してくださった!〟
 伸一は、用意してきた原稿を見ながら、力を込めて語りかけた。
 「私が最初に申し上げたいことは、この八月十二日を『教育革命』の日と定めて、毎年、皆さんが、なんらかの意義をとどめる日にしていただければ――と提案したいと思いますが、いかがでしょうか!」 
 彼のいう「教育革命」とは、子どもの幸福を目的とし、生命の尊厳を守り抜く、人間教育を実現することであった。その革命は、教師自身の、精神の深化、人格の錬磨という人間革命から始まるのである。
 教育の現状を憂慮し、人間教育の開拓者の決意に燃える参加者は、大拍手をもって、伸一の提案に賛同の意を表した。
 拍手がやむのを待って、彼は話を続けた。
 「戦後三十年を振り返ってみますと、終戦直後の日本には、荒廃と物資の窮乏に悩み苦しみつつも、民主主義という理想に向かう精神が躍動しておりました。
 しかし、経済復興が進み、さらに、物質的豊かさに慣れた今日では、その精神も弱々しく、力を失ってきた感があります。
 そして、それは、教育の世界にも露呈されていると見るべきでありましょう」