小説「新・人間革命」 人間教育40 4月2日

ここで、山本伸一は、スイスの大教育者ペスタロッチが、身寄りのない子どもたちの教育に取り組んでいた時のことを記した、手紙の一文を紹介した。
 「わたしは彼らとともに泣き、彼らとともに笑った」(注)
 ペスタロッチは、身寄りのない子どもたちと常に一緒にいて、同じ物を食べ、彼らが病気の時は看病し、いつも彼らの真ん中で、共に寝たのである。
 伸一は、訴えた。
 「このペスタロッチの姿勢に、実は教育の基本的な在り方が示されていると思うのであります。もちろん学校教育の場にあっては、子どもたちと、起居を共にすることはできませんが、教育にかける、
その情熱は、決して失ってはならない」
 時代、社会の変動によって、教育の方法も変化しよう。しかし、子どもと共にあり、子どもを愛し、断じて守り抜こうとする心は、絶対に変わってはならない。そこに、人間教育の原点もあるからだ。
 さらに、伸一は、めざすべき人間教育とは何かについて、論じていった。
 「人間教育の理想は、『知』『情』『意』の円満と調和にあります。つまり『知性』と『感情』と『意志』という三種の精神作用を、一個の人間のうちに、いかに開花させていくかが課題であります」
 「知」は、ものを知る能力一般を意味し、理性や悟性も、そのなかに含まれる。
さらには、情報洪水といわれる現代にあって、与えられた情報という素材を、自分で考え、処理する、高度な認識能力、すなわち思考力といえよう。
 また、「情」は、快・不快を示す気分をはじめ、情緒、情操、激情などであり、いわば、精神の情的側面を意味している。
 「意」は、欲望や本能といった自然的要求に基づくものではなく、明らかな意図に基づいて自己を決定し、なんらかの目的を追求するバネ(発条)となるものをいう。