小説「新・人間革命」 人間教育41 4月4日

「知」「情」「意」という精神作用を十全に開花させていくには、何が必要か――山本伸一の話は、いよいよ核心に迫っていった。
 「それは、『自己の人間としての向上、完成をめざす主体性』であり、また『すべての人に対する慈悲の精神』であります」
 この二つの支えがあってこそ、「知」「情」「意」は、現にある人間の生活、社会環境を切り開いていく源泉となるのである。
 しかし、古来、自己の完成他者への慈悲は、仏法においても、背反するテーマとされてきた。
自己完成をめざせば、利己主義に陥ることになり、他への慈愛を追求していけば、自己犠牲に、そして、自己欺瞞に陥りかねないからである。
 このジレンマの繰り返しが、諸宗教の歩んできた足跡ともいえよう。
 伸一は、声を大にして語った。
 「この一体化の大道を開いたのが、法華経哲学であり、日蓮大聖人の仏法であります。宇宙本源の妙法を根源とした時、他への慈悲の菩薩道は、即自己の向上、完成となるのであります。
 『御義口伝』には、喜ぶということについて、次のようにあります。
 『喜とは自他共に喜ぶ事なり』(御書七六一ページ)、また、『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』(同)と。この自他一体の原理は、御書に一貫して示されています。
 ここに『知』『情』『意』を開花させ、自身の幸福と社会の繁栄のために寄与しゆく、人間教育の基盤が完成されたのであります。
 皆さんは、この妙法の哲理を持ち、日々、実践行動に励まれている教育者であります。その使命は、あまりにも大きい。
 新しい時代の、新しい軸を確立させるには、新しい力による以外にありません。人間勝利の時代を開く若い力を育てることは、至難の作業であり、棹をもって星を突こうとするようなものだと考える人もいるかもしれない。
しかし、だからこそ私は、あえて、それを、青年の皆さんに頼み、託したいのであります」