小説「新・人間革命」 灯台 3 4月22日

山本伸一が学会創立四十六周年の記念行事で語った大野道犬についての話は、小林秀雄の「文学と自分」のなかで紹介されているエピソードである。
 ――大坂冬の陣で、徳川家康大坂城の外堀を埋める条件で、豊臣と和議を結ぶ。しかし、家康は外堀のみならず、内堀までも埋めたのである。
それを見て、大野道犬は、家康が心の底では、和睦するつもりはないことを知り、憤怒する。そして、徹底的に抵抗を試みた。家康は憤り、彼を生け捕りにするよう命ずる。
彼は、捕らえられるが、堂々と、家康に「大たわけなり」と言い放つ。
 火刑に処された大野道犬は、黒焦げになるが、検視が近づくと、動きだし、検視の脇差しを抜く。そして、検視の腹を刺し貫く。その瞬間、黒焦げの体は、たちまち灰になったというのだ。
 小林秀雄は、この逸話について、「諸君はお笑いになりますが、僕は、これは本当の話だと思っています」(注)と述べている。
 伸一は、その小林の言葉を紹介し、人間の執念の問題について、こう語ったのである。
 「これに共通する話として、有名な石虎将軍の故事を思い出します。虎に母(父の説もある)を殺された将軍が、仇を討とうと、石を虎と間違えて矢を射る。矢は命中し、石に深く刺さったという話であります。
 大野道犬の話も、石虎将軍の話も、一人の人間が、本気になって何事かをなさんとした時には、常識では考えられないことを成就できるという原理を、これらの話から汲み取っていただきたいのであります」
 伸一は、彼らの生き方の是非を語ったわけではない。広宣流布の決戦の時には、岩盤に爪を立てても険難の峰を登攀する、飽くなき執念が不可欠であることを、同志の生命に深く刻んでおきたかったのである。
 初代会長・牧口常三郎は、七十歳を超えて、独房の中で敢然と戦い抜いた。この壮絶無比なる闘争なくして大願の成就はない。輝ける未来を開くのは、不撓不屈の闘魂だ。
 
■引用文献 注 「文学と自分」(『現代人生論全集7 小林秀雄集』所収)雪華社