小説「新・人間革命」 灯台 8 4月28日

山本伸一は、さらに、「開目抄」の「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(御書二三二ページ)の御文を拝し、確信をもって訴えていった。
 「これは、日蓮大聖人が、『私は、日本を支える精神の柱となろう。思想の正邪を見極める眼目となろう。一切衆生を幸福の楽土へと運ぶ大船となろう――との誓願を破ることはない』と、断言されているところです。
 その大聖人の門下である私どもも、社会の柱、眼目、大船でなければなりません。一人ひとりが、各職場にあって、その自覚で頑張り抜いていってほしいんです。
 たとえ、立場は新入社員であっても、あるいは、決して、主要なポジションにいるわけではなくとも、〝自分が、この会社を守っていこう! 必ず発展させてみせる! 皆を幸福にしていこう!〟という自覚を忘れてはならない。それが、仏法者の生き方であり、学会の精神です。
 腰掛け的な気持ちや、〝どうせ自分なんか取るに足らない存在なんだ〟という思いがあれば、本当にいい仕事はできません。
 戸田先生は、よく『ただ月給をもらえばよいというのでは、月給泥棒だ。会社のために、自分はこう貢献したというものがあって、初めて、月給をもらう資格がある』と語っておられた。
そして、『〝信心は一人前、仕事は三人前〟してこそ、本当の学会員だ』と厳しく指導されていた。
 大聖人が『御みやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ』(同一二九五ページ)と仰せのように、自分の仕事を、信心と思い、仏道修行と思って挑戦していくことです。
限界の壁を破り、不可能を可能にするという学会の指導や活動の経験も、仕事に生かされなければ意味がありません」
 伸一は、〝皆が職場の第一人者に!〟との祈りを込め、魂をぶつける思いで語った。仏法は勝負である。ゆえに、社会で勝利の実証を示してこそ、その正義が証明されるのだ。