小説「新・人間革命」 薫風 26 2012年 2月28日

空には月が輝いていた。弓張月である。
田部会館の門から玄関までは、数メートルほどで、右手には庭があった。
その庭に沿って植えられた菖蒲の花が、建物から漏れる光と月明かりのなかに、ほのかに浮かんで見えた。
山本伸一は、しばし、足を止め、月下の菖蒲を眺めていた。
田部忠司が、伸一に言った。
「この菖蒲は、先生にご覧いただけるかもしれないと、地元の有志が植えてくれました」
「皆さんの、その真心がありがたいね。
また、田部さんには、会場を提供していただき、心から御礼申し上げます」
こう言って伸一は、頭を下げた。田部は、感極まり、目頭が熱くなった。
田部会館が誕生したのは、前年七月のことであった。田部は、それまで小倉北区に住んでいたが、この小倉南区で、派遣の本部長として活動してきた。
小倉南区には、皆が集まれる大きな会場がなかった。
また、田部のところに指導を求めてやって来る同志の多くも、バスを乗り継ぎ、往復の移動に長い時間を費やさなければならなかった。
心を痛めた田部は、決意した。
広宣流布のため、同志のために、なんとしても、小倉南区に会場をつくろう』
そして、小倉北区にあった自宅を売却し、小倉南区に個人会館として使える家を建てたのである。二階の会場部分は、五十畳ほどの広さがあった。
田部は、花器販売の仕事をしていた。
広宣流布のために個人会館を建てさせてください』と、真剣に唱題を重ねていくと、仕事は予想以上に順調に伸び、土地も好条件で手に入れることができたのである。
広宣流布という大使命を果たそうとする時、わが身に地涌の菩薩の生命が現じる。
そして、依正不二ゆえに、大宇宙をも動かしていくのである。広宣流布に生き抜く生命の大地にこそ、功徳の百花は開く。