小説「新・人間革命」 薫風 51 2012年 3月28日

山本伸一の質問に男子部の幹部が答えた。
「テントに残り続けていたのは、佐賀県の輸送班です!」
「そうか。意気盛んだな。しかし、少しでも危険な状況になったら、無理をしないで、すぐに避難することも大事だよ。
研修、訓練といっても、絶対無事故が鉄則です。
佐賀県の輸送班が元気なことはよくわかったが、みんなのご家族は、お元気なのかな。
もし、ご家族で病気の方がいらしたら、名前を書いて出すように伝えてください」
伸一の思考は、眼前の一人ひとりから、家族にまで広がっていくのが常であった。
徳永明は、この野外研修に、佐賀県輸送班の副責任者として参加していた。
彼の妻の竹代は、二カ月ほど前から、不眠に苦しみ、食欲もなく、日ごとに痩せ細っていった。
医師からは、重い自律神経失調症であると診断された。
徳永は、眠ることもできない妻の苦しみを思うと、身を切られるように辛かった。妻のために、深夜の唱題も重ねていた。
彼は、かつて精肉店に勤めていたが、四年前に独立して、店をもつことができた。
子どものミルク代にも事欠くような状態のなかから、開店にこぎ着けたのだ。
自分の努力もさることながら、信心による功徳、福運であると、心の底から感じていた。
しかし、今度は最愛の妻が、病に苦しむようになったのだ。
その渦中で、輸送班の野外研修に参加したのである。
彼は、自分の名前と、妻の病名、病状をメモに書いて、伸一に提出した。
それを目にした伸一は、手元にあった書籍に、「益々の大福運の人生であれと祈りつつ 徳永明兄」と揮毫して贈った。
伸一は、徳永に、『仏法に巡り合ったこと自体が大福運の人生であり、絶対に負けることなどない』との確信をもって、堂々と、人生の障壁を乗り越えてほしいと祈りながら、こう書き贈ったのである。
徳永は、この書籍を抱き締め、感激と決意の涙に目を潤ませた。