小説「新・人間革命」 薫風 59 2012年4月6日

山本伸一の散髪をしている緒高武士の傍らには、妻の紗智子が立っていた。
彼女は、次々と、伸一に報告していった。
──以前は病に苦しみ、二度も大手術をしたが、一九五九年(昭和三十四年)に入会して以来、次第に健康を回復していったこと。
主人は、戦時中、ビルマ(現在のミャンマー)で負傷し、耳が不自由だが、仕事は順調で、店も広げることができたこと。
自分は今、ブロック担当員(現在の白ゆり長)として元気に活動に励んでいること……。
紗智子は、目に涙を浮かべて言った。
「信心して、本当に幸せになれました。学会のおかげです! 先生のおかげです!」
その言葉を聞くと、伸一は目を細めた。
「『学会員になって、幸せになった』という話を聞くのが、私は、いちばん嬉しいんです。
そのために、私は戦っているんです。本当に、みんなに幸せになってもらいたい。私自身の幸せなど、考えたことはありません」
夫の武士が、感極まった顔で伸一を見た。
『先生は、やはり、そうした思いで、どんなに疲れ果てても、戦ってこられたんだ!』
緒高の店を継ぐことになっている養女の智恵と、その夫の春雄も、同行幹部の整髪をしながら、伸一の話を聞いていた。
二人は、紗智子から、信心の話を聞かされ、学会を理解してはいたが、入会には至っていなかった。
伸一は、整髪が終わり、支払いをすますと、緒高夫妻に礼を述べながら、再び武士と固い握手を交わした。
それから、春雄とも握手し、「あなたも頑張りましょう」と声をかけた。すると、春雄は、「はい。私も信心します」と決意を披瀝したのだ。
智恵も一緒に、笑顔で頷いた。
二人は一カ月後に入会する。また、主の緒高武士は、この日を境に、猛然と信心に励み始め、やがて、ブロック長として活躍するようになるのである。
薫風に吹かれて、木々の葉が、みずみずしく光り、躍るように、伸一の行くところ、蘇生と歓喜の人間ドラマが広がった。