小説「新・人間革命」 勇将 19 2013年 3月6日

坂藤久美は、小学二年生の時に、母の弥栄と共に入会している。
 弥栄の入会の動機は、自身が病弱であり、久美の妹にあたる次女もまた、
 悪性の中耳炎で苦しんでいたことである。自分の体調の悪さに苛立ち、次女の将来を思っては不安にさいなまれる日々であった。
 夫の顔を見れば愚痴をこぼし、何かあれば、八つ当たりした。
 家庭は暗かった。
 だが、入会後、弥栄は健康になり、次女の病も完治した。
 その体験から、仏法への確信をいだき、喜び勇んで学会活動に参加するようになった。
 仏法を学び、幸・不幸を決する根本要因は、自分自身にあることを知った彼女は、愚痴をこぼすこともなくなった。
 日々、明るくなる弥栄の姿を見て、夫も入会したのだ。
 弥栄は、一途に、懸命に信心に励んでいった。やがて、草創の土佐支部の婦人部長として活躍することになる。
 坂藤久美は、その母について語った。
 「母は、支部婦人部長として活動に取り組んでまいりました。
 お弁当を持って、昨日は東、今日は西と、喜び勇んで弘教に走り回る姿を、私は今なお、鮮明に覚えております。
 『お母さんは、不幸な人を救うために頑張っているの。
 みんなが幸せになれる社会をつくるのよ』と語りかけながら、笑みを浮かべる母に、誇りを感じてきました」
 弥栄は、真冬、膝まで雪に埋もれながら、バスも通わない山間部の集落にも通った。
 また、彼女は、自転車に乗ることができなかったが、学会活動のために自転車を購入した。
 必死に練習を重ね、ほどなく、元気に地域を走り回るようになった。
 さらに、幹部になって活動の舞台が広がると、足は、スクーター、そして、軽自動車となった。
 常に挑戦心に燃え、人びとの幸せを願い、はつらつと奔走する母の姿は、娘にとって大きな誇りとなっていった。
 親が喜々として信心に励み、学会活動の意義を子どもに語っていくなかに、信心継承の要諦がある。