激闘63 2014年 6月4日

質問した婦人は、おそらく、自分の性格のことで悩んでいたにちがいない。
山本伸一は大きく頷くと、包み込むような笑みを浮かべて語り始めた。
「性格について、仏法では後世まで変わらないのが性分であるととらえています。
つまり、その人のもって生まれた性格自体は、変わらないということです。
たとえば、細かいことを気にする人がいます。そういう性格の人は、人に何かひとこと言われただけで、不安になったり、傷ついたりしてしまいがちです。また、他人の小さな欠点が気になって仕方がない。そして、結局、日々、悶々としながら過ごすことになってしまう。
では、その人が信心に励み、人間革命していくと、どうなるのか。
細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります。
細かいことが気になる人は、こまやかな気遣い、配慮ができるということです。その能力が最大に発揮されることになるんです。
よく戸田先生は、こんな譬えを引かれていました。
――川がある。川幅や流れの形は、基本的には変わらない。これが性格である。しかし、泥水が流れ、飲むこともできなかった川の水を、清浄極まりない水に変えることができる。これが信心の力であり、人間革命ということである。
自分の性格というのは、いわば個性です。そこに自分らしさもある。その自分のまま、桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李として、それぞれが自分の個性を最大に生かしながら、最高の人生を歩んでいけるのが、日蓮大聖人の仏法なんです」