求道26  2014年7月14日

まだ、戦える。力ある限り、私は行動し続ける──五月二十八日夕刻、宮城県幹部会を
終えた山本伸一と峯子は、仙台市内の東北婦人会館を訪問した。
婦人部をはじめ、五十人ほどの代表との懇談会に出席するためであった。
この懇談のなかで伸一は、宮城県創価学会と姉妹交流を結ぶ、メキシコとの親善交流な
どについて話し合った。
彼は、未来へと夢が広がる、晴れやかな希望の語らいにしたかったのである。希望は前進の活力となる。
懇談会が終わった時には、既に辺りは、夜の帳に包まれていた。
伸一は、この日、どうしても行っておきたいところがあった。
それは、一九五四年(昭和二十九年)の四月二十五日、仙台支部総会が行われた日の朝に、恩師・戸田城聖と共に訪れた青葉城址であった。
青葉城は、伊達政宗が、伊達六十二万石の居城として、青葉山に築城した仙台城の別名
である。
伸一は、苔むした石垣に沿って、戸田と談笑しながら、坂道や階段を上っていった。
東北の青年たちも六十人ほど、戸田と伸一を囲むようにして、意気揚々と歩みを運んだ。
師は、楽しそうに、弟子に語った。
「東北は青年が育っているな。青年が伸びている限り、安心だ。未来がどうなるかは、
何も論じなくとも、青年を見ればわかる」
それから、石垣の上を見て言った。
「どこかを訪れたら、周囲を一望できる、城や丘などに立ってみることだ。
すると、全
体の地形がよくわかる。それは、そこで暮らしてきた人びとの心を知り、生活を理解する、大事な手がかりになるんだよ。
牧口先生は『人生地理学』で、自然と人間生活の関係性を観察、分析されている。
そして、地理的な環境が、物質的にも、精神的にも、また、諸般の生活にも大きな影響を及ぼすことを明らかにし、その因果関係の法則を解明しようとされた。
すごい洞察だ。
そのための観察の第一歩は、全体の地理を俯瞰して見ることといえるだろう」