求道29  2014年7月17日

戸田城聖は、本丸跡から仙台市街を望み、山本伸一に語った。
伊達政宗は、幼少のころ、右眼を失明し、独眼竜と言われていたが、一方の目
で、未来を、世界を見ていたのだ。
彼の、この開明性と、家格より手腕を重視して人を取り立てたことが、藩を強化し、
栄えさせる要因になったといえるだろう。
学会も、多くの名将が育ち、力を合わせていくならば、万年先までの繁栄の基礎
を築くことができる。
まさに『人は城 人は石垣 人は堀』だ。広宣流布という壮大な理想の実現は、ひとえに人材育成にかかっている」
戸田は、大きく息を吸い込むと、遺言を託すかのように、伸一を見すえて言った。
「武人は城をもって戦いに臨んだ。今、学会は、人材をもって城となすのだ
人材の城をもって広宣流布に進むのだ!」
その言葉は、伸一の生命に深く刻印された。
戸田は、話を続けた。
「人材を探すんだ。それには、人材の資質を見抜く眼をもたねばならぬ。
そのために必要なことは、皆が人材であるという確信だ。
こちらに人を見る目がなく、度量も小さいと、人の利点、力量、才能を見極めてい
くことはできない。
曇った鏡や歪んだ鏡には、正しい像は映らぬ。
同様に、曇った心、歪んだ心には、人のすばらしい才も、個性も、力量も、正しく映し出されることはない。
だからリーダーは、常に自分を磨き上げ、公正にものを見る目を培い、境涯を大きく開いていく努力を、決して忘れてはならない」
伸一は、戸田に尋ねた。
「これから青年たちが、自分のもつ力量や長所をいかんなく発揮し、大人材に育っていくために、心すべきはなんでしょうか」
「大事な質問だな。君はどう思うのだ」
戸田は、伸一の質問に、即座に答えるのではなく、初めに伸一の考えを聞くことが多かった。
自分で思索に思索を重ね、意見を練り上げることを、戸田は求めていたのだ。それが、彼の人材育成法でもあったのである。