求道64  2014年8月28日

創価学会に入会した母親の谷沢千秋は、息子の徳敬以上に、真剣に信心に励んだ。
彼女は、秋田県の生まれで、幼少期に両親と共に北海道へ渡った。
小樽、函館、札幌などを転々とした。
十三歳の時に両親と生き別れになり、北見の親戚の家に身を寄せた。
愛情、温かい家庭とは、無縁な青春時代であったといってよい。
十八歳で結婚したものの、夫は病弱であった。
肝臓、腎臓、心臓……と病み、入退院の連続であった。
生活費の大半は、医療費に消えた。家計は、いつも火の車であった。
「自分の人生は、なぜ、不幸にまつわりつかれているのか……」
そんな疑問が頭をよぎった。
草原の上に広がる果てしない大空を見ながら、「翼があれば、何もかも捨てて、どこかに飛んでいってしまいたい」と思うこともあった。
そのうえ、柱と頼む息子の徳敬が、アルコール依存症になってしまったのだ。
千秋の心は、来る日も、来る日も、暗雲に閉ざされていた。
そのなかで、日蓮大聖人の仏法と巡り合ったのである。
「必ず宿命は転換できる」「誰もが幸福になるために生まれてきた。それを実現できるのが仏法である」
──その話に、彼女は、信心にかけてみようと決意した。
懸命に唱題した。「聖教新聞」に掲載されている山本伸一の指導を貪るように読み、弘教にも挑戦した。
六時間、七時間と歩いて、仏法対話や同志の激励に出かけた。
信心を始めると、家業の雑貨店の客が減っていった。
学会への偏見に基づく流言飛語を真に受けた人たちが、店に来なくなってしまったのである。
 難だ! 御書に仰せの通りだ!
彼女の胸には、むしろ、仏法への確信と、歓喜の火が燃え盛った。
彼女は、日々、心で伸一に語りかけた。
「先生! 私は負けません。必ず幸せになってみせます。どうか、ご安心ください!」
師弟の道は、わが胸中にある。