小説「新・人間革命」広宣譜56 2015年1月27日

山本伸一は、米子文化会館での勤行会を終えると、鳥取県の幹部に言った。
「勤行会の次は、私の方から出向いて激励します。みんなが総立ちしてこそ、鳥取の大前進がある。そのためなら、なんでもします」
そして、直ちに米子会館へ向かい、居合わせた人たちを励ましたあと、市内の個人会館である松木会館を訪問した。
伸一は会場提供者の松木勇・晃恵夫妻から、前日夜の懇談会で「ぜひ、わが会館へ」と請われ、訪問の約束をしていたのである。
松木の家は、魚の卸売店であった。伸一は、到着した時刻が午後二時であることから、仕事のじゃまにならぬよう、あいさつだけして帰ろうと思った。
作業場の戸を開けると、主の勇が長靴を履き、ホースで水を撒いていた。彼は四十代半ばで、温厚な人柄の壮年である。
勇は、「こんにちは!」という声に振り返った。伸一の笑顔があった。
思わず絶句した。そこに、妻の晃恵が飛んできて、「先生! おいでくださってありがとうございます」と元気に言い、二階の応接間に案内した。
伸一が仕事の様子を尋ねると、夫妻は、浮かぬ顔で、商売が思わしくないため、魚の卸売りをやめて、魚の加工業を始めようと考えていることを語った。
伸一は、転業は焦るのではなく、しっかり準備を重ね、時機を見極めていくことが大切であるとアドバイスし、こう励ました。
「現実の社会は泥沼のようなものです。いつ足をすくわれるかもわからない。競争も激しい。
過酷です。そのなかで懸命に信心に励み、戦い、智慧を絞り、勝ち抜き、その実証をもって広宣流布していくんです。
それが地涌の菩薩の使命なんです。
『仏法は勝負』だ。したがって、断じて、社会にあって勝っていかねばならない――そう決意して祈り抜いていくことですよ」
そして、伸一は、夫妻が所属する住吉支部の同志に、句を詠んで贈った。
「住吉の 蓮華の花の 笑顔かな」