小説「新・人間革命」大道 27 2015年3月13日

山本伸一は、東濃文化会館に向かうため、車に乗ると、すぐに、「この道の歌」の歌詞を取り出し、同乗した峯子に言った。
「まだ、推敲したいんだよ」
車が走りだすと、歌を録音したカセットテープをかけてもらった。そして、しばらく考え込んだあと、顔を上げた。
「やはり直そう。三番の結びである『ああ中部中部 諸天舞う』のところが、ずっと気になっていたんだ。
『諸天舞う』では、主体である私たちの在り方を示すものではなく、受動的なものになってしまっている。
大事なことは、私たちの祈りで、一念で、諸天を舞わせていくことであり、動かしていくことだ。
大聖人は、頭を振れば髪が揺れ、心の働きによって身が動くなどの譬えをあげて、『教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき』(御書一一八七ページ)と言われている。
『教主釈尊』すなわち御本尊は、大宇宙の根源の法である妙法の当体だ。その御本尊に祈っていくならば、大宇宙をも動かしていける。だから、『諸天舞う』は、『諸天舞え』にしよう。また、この前の『語りべは』は、『語りべに』にしよう」
それは、直ちに中部の同志に伝えられた。
彼は、引き続き、既に手がけていた「東京の歌」の歌詞の推敲を重ねながら、広宣流布の本陣・東京の使命に思いを巡らせた。
日蓮大聖人が、幕府の置かれた鎌倉を戦いの本拠地とされたのも、鎌倉こそが政治や経済の中心地であるとともに、苦悩する民衆があふれ、他宗派の寺が集まる思想闘争の激戦の舞台であったからだ。そこで、正法正義を明らかにしていくなかに、広宣流布の大きな広がりがある。
学会が首都・東京に本部を置くのも、同じ理由である。
政治、経済等の中心地にあって戦いを起こせば、それだけ風当たりも強い。
あらゆる勢力の攻撃の標的になりかねない。
しかし、そこで勝利の旗を打ち立ててこそ、広布の道は大きく開かれる。本陣・東京は、永遠に創価の大城でなければならない