小説「新・人間革命」勝利島15 2015年 8月6日

九州北西部の島で起こった迫害事件に対して、学会員は法的手段も講じ、懸命に励まし合いながら、解決への努力を重ねた。
島の同志のすばらしさは、精神面でも、生活面でも圧迫が続くなかで、一歩たりとも引かなかったことだ。
皆、信心を始め、折伏・弘教に取り組むなかで、病や家庭不和を克服するなど、体験をつかんでいたのだ。
弾圧――本望ではないか! 御書に仰せの通りではないか! 私たちの信心も、いよいよ本物になったということだ。
今こそ、折伏だ!それが、皆の心意気であった。
日蓮大聖人の「今は謗ぜし人人も唱へ給うらん」(御書一二四一ページ)との大確信を胸にいだいて、五キロ、六キロと離れた別の集落にも弘教に歩いた。
やがて、学会員への村八分を問題視する声が高まり、村長、村会議長、集落の中心者らが集って話し合いがもたれた。
そして、「一部の有力者の圧力によって、学会員が冷遇されてきたことは遺憾である」と、学会に謝罪したのだ。
また、「共に集落の発展のために尽くしていきたい」との申し出があったのである。
学会員への不当な圧迫が始まってから、丸三年が経過していた。島の同志の信心が、人間としての誠実さが、一切をはねのけ、見事に勝利したのである。
長崎県には、軍艦島の通称で知られる端島など、炭鉱によって栄えた島も少なくない。
そうした炭鉱の島の一つでも、弾圧事件が起こっている。
それは、一九六二年(昭和三十七年)二月に、島に班が結成され、果敢に折伏が展開されていくなかで始まった事件であった。
御書には、この娑婆世界は第六天の魔王の領地であるがゆえに、妙法広布の戦いを起こせば、仏の軍勢を討とうと、障魔が競ってくると仰せだ。
広宣流布の前進は、必ず迫害、弾圧の嵐を呼び起こす。