小説「新・人間革命」 勝利島 20 2015年8月12日

網元であった佐田太一の父もまた、信心深い人であった。
竜神堂を建てたり、地蔵を造らせたりした。
また、漁師たちにも、何でもいいから信仰をもつように勧めた。
それが、最高の善行であると信じていたのだ。
佐田自身も、その父の影響を強く受けて育った。
「仏教青年団」なるものを組織して、初代の団長になった。
島の青年を連れ出しては、座禅や托鉢の修行にも励んだ。
ところが、佐田家は次第に傾き始め、一九一九年(大正八年)に倒産する。
跡継ぎの彼は、再起を図ろうと、漁船を率いて、千島の最北端やカムャッカ沖まで漁に出かけていった。
満州(現在の中国東北部)の黒竜江での川魚漁にも従事した。
しかし、時代の激流に翻弄されるばかりで、佐田家に逆転のチャンスは訪れなかった。
三九年(昭和十四年)、父親は他界する。
父は、倒産したとはいえ、三万坪の土地を残してくれた。
佐田は、戦後も漁業を続けたが、思ったほどの漁獲はなく、そこに、海難事故が重なった。
気がつけば、莫大な借金を抱えていた。
父が残してくれた土地のうち、二万坪は売れ、返済にあてたが、大した金額にはならなかった。残りの土地は、買い手もつかない。
債権者たちは、連日、借金返済の催促に押しかけてくる。
返済の目途は全くない。借金は雪ダルマ式に増えていく。途方に暮れた。
夜逃げ――それしかないと思った。
北海道の留萌市に行き、人目を忍ぶようにして暮らし始めた。
そこで、十年来、疎遠だった友人に出くわした。
佐田が、島を逃げ出してきたことを漏らすと、宗教の話をし始めた。
「佐田さんも、一生懸命に努力し、働いてきたはずだ。
しかし、漁はうまくいかず、事故にも遭う。
そして、こうして苦しんでいる。それが宿命なんですよ。
でも、その宿命を転換できる宗教がある」
宿命に勝つか、負けるか――人間の幸・不幸のカギは、結局、そこにかかっている。