【第9回】 後継の誉れ 試練こそ喜び (2015.3.14)

後継の誓いの3月、わが胸には「追撃の手をゆるめるな!」との恩師の師子吼(ししく)が響く。
あえて試練に挑み、勝ち越えるのが青年だ。後継の誉れである。
どんな嵐が襲いかかろうとも、題目第一の人には、かなわない。必ず必ず乗り越えられる。
日蓮大聖人は、身命に及ぶ大難の中、流罪の身でなお、悠然と「喜悦はかりなし」(御書1360㌻、「諸法実相抄」)と仰せになられた。
正義ゆえの難が現れる時こそ、広宣流布の時なのである。
それを戸田先生は心から喜ばれ、「私もうれしいと思うが、みなさんもうれしいと思ってもらいたい。そのときこそ、敢然と戦おうではないか」と晴れ晴れと叫ばれた。
魔が競わない闘争は、闘争ではない。魔を打ち破ってこそ、仏になる。絶対的幸福の大境涯を開くことができるのだ。
ゆえに、大変な時ほど明るく楽しくいこう! 師子王の心で進むのだ。これで宿命転換できる。これで一切を変えられる。これで永遠の師弟勝利の原点をつくることができる──と。
仏法は三世を貫く究極の楽観主義だ。絶対に行き詰まらない。いかなる逆境からも価値創造していける大法なのである。
 
広宣流布は慈悲を社会の根底に据え、自他共の幸福を築く戦いだ。地上から悲惨の二字をなくし、平和を創る戦いである。
きょうも一人を励まそう。
勇気と希望を送ろう。
常に自らが第一線へ!
行くところ向かうところで、一人から一人へ、勝利の一念を燃え立たせ、勇気の波動を起こすのだ。
時代の変化は激しく、苦労も多いだろうが、どこまでも信心で団結し、信心で勝とう。
何事も強気でやり通す執念が勝負を決する。一人も残らず、自分に勝ち、社会で勝ち、人生で勝つ功徳満開の春を迎えよう!