小説「新・人間革命」源流 31 2016年10月7日

ニューデリーは青空に包まれ、街路の菩提樹の緑が陽光に照り映えていた。
二月八日の午前、山本伸一は、インド外務省に、アタル・ビハーリー・バジパイ外相を表敬訪問した。
外相は、今回、訪印団の招聘元となったICCR(インド文化関係評議会)の会長であり、詩人、作家でもある。
五十代前半で、半白の髪に太い眉、鋭い目が印象的な精悍な顔立ちであった。
前日、アフリカ訪問から帰国したばかりだという。幾分、目の縁が黒ずんで見えた。
伸一は感謝の意を表し、こう述べた。
「ご自身のためだけでなく、インドの国家にとって大事なお体です。どうか、健康には、十分に気をつけてください」
外相は、柔和な笑みを浮かべて答えた。
「インドでは、母と客と教師は神様といわれております。
ですから、お客様の意を最大限に尊重するのが、主人の務めです。
そこには、人として大切な道があります」
「教育的なお話ですね。まるで文部大臣のようです」
このユーモアに外相もユーモアで応じた。
「健康を気遣ってくださるあなたは、厚生大臣のようですよ」
二人は大笑いした。雰囲気は打ち解けた。
伸一は、国境紛争が続いている、インドと中国の関係について尋ねた。
これは、デサイ首相にも質問したことであったが、両国の平和友好が、アジアの安定を決するカギとなるからだ。
外相は、数日後に、インド閣僚としては十七年ぶりに、中国・北京を訪れることになっていたのである。
伸一の質問に外相は、ソファの上で両手を組み、しばらく言葉を探しているようであったが、顔を上げると語り始めた。 
「インドと中国は同じアジアの国であり、隣国です。歴史を忘れても地理を忘れることはできません」
──両国は隣り合って生きているという現実を直視しなければならないとの意味であろう。
現実に立脚し、粘り強く理想への歩みを運び続けてこそ政治である。