小説「新・人間革命」源流 33 2016年10月10日

バジパイ外相は雄弁家として知られる。ジェスチャーも大きく、部屋中に響き渡る声で、アショーカの政治を、さらに、民衆と共に戦ったマハトマ・ガンジーの精神を語っていった。
山本伸一は、ガンジーが民衆のなかに分け入り、対話を重ねたように、外相も、しばしばどこかへ出かけては、人びとと車座になって語り合い、真摯に耳を傾けていると聞いていた。
そして、一例をあげれば、パスポートが発給されるまでに長い時間がかかり、人びとが困っていることを知ると、発給システムの改善に取り組んでいる。
雄弁と饒舌とは異なる。人びとの心をつかむ雄弁は、皆の思いの代弁であり、一人ひとりの意見を忍耐強く聴く努力から始まる、熟慮と信念と情熱をもってする魂の叫びなのだ。
外相は、詩人だが、観念の人ではなかった。行動の人であった。
少年期から社会運動に身を投じ、民衆の啓発に心血を注いできた。
インドの独立運動では、若くして投獄されもした。
また近年も、与党であった勢力によって、獄につながれた。
だが、その微笑には、不屈の精神がみなぎっていた。
ガンジーは「最終的には、遺恨なく、敵をも友に変えられるかどうかが、非暴力の厳しい試金石である」(注)と記している。
外相は、非暴力運動の精神を生かした政治や外交の在り方を、真剣に模索しているようであった。
しかし、その道は、決して容易ではあるまい。インド亜大陸をめぐる大国の複雑な駆け引きもあり、パキスタンとの緊張も高まっている。
この激浪のなかでの舵取りは、過酷な現実との格闘となろう。
だからこそ外相には、アショーカやガンジーの精神を継承・堅持して、対話に徹し、新しい時代を開いてほしかった。
バジパイ外相は、後に首相となり、長年、対立していた中国との関係を改善している。
困難のなか、インドの未来を担い立とうとする外相との語らいは、伸一にとって忘れがたいものとなった。
 
小説『新・人間革命』の引用文献
注 KRISHNA KRIPALANI編『ALL MEN ARE BROTHERS』UNESCO(英語)