小説「新・人間革命」源流 50 2016年10月31日


」(パータリプトラ)と讃えられた街である。
緑が多く、道を行くと、車に交じって、鈴の音を響かせながら闊歩する牛車の姿も見られ、のどかな風景が広がっていた。
午後四時前、山本伸一は、ジャイプラカシ・ナラヤンの自宅を訪ねた。ナラヤンは、マハトマ・ガンジーの弟子であり、インドの良心として、民衆から敬愛されているインドの精神的指導者である。
土壁の家が立ち並ぶ路地裏の入り組んだ道を車で進み、白い石造りの家に着いた。
思いのほか質素な建物であった。
ナラヤンは、銀縁のメガネの奥に柔和な眼差しを浮かべ、初対面の伸一を歓迎し、黄色い花のレイを、手ずから首にかけてくれた。
彼の茶色のガウンからマフラーが覗いていた。体を冷やさぬよう気遣っているのであろう。既に七十六歳の高齢であり、健康が優れぬため、週に何度か病院に通い、自宅で静養していると聞いていた。
それにもかかわらず、丁重に出迎え、会談の時間を取ってくれた真心に、伸一は深い感動を覚えた。
ナラヤンは、高校時代に国民革命の理想に燃え、非暴力・不服従運動に参加する。
やがてアメリカに渡り、そこで、マルクスの革命思想に傾斜していく。急進的な社会改革に心を動かされ、ガンジーの非暴力の闘争を否定し、武力革命を肯定した時代もあった。
しかし、ガンジーの高弟・ビノバ・バーベに触発され、再び非暴力革命の道をめざすようになる。
紆余曲折を経て、ガンジーの懐に帰ってきたのだ。良心の大地ともいうべきガンジーの思想は、ナラヤンの良心の樹木を蘇生させていったのである。
ガンジー亡きあと、彼は、師の思想を受け継ぎ、すべての階層の人びとの向上をめざす「サルボダヤ運動」を展開していった。
どんなに豊かそうに見えても、その陰で虐げられ、飢え、苦しむ人のいる社会の繁栄は虚構にすぎない。
皆が等しく幸せを享受してこそ、本当の繁栄といえよう。