小説「新・人間革命」源流 58 2016年11月9日

休憩所の主に請われて、山本伸一たちは、好意に甘え、自宅に伺うことにした。
家は石造りであった。主は、庭を案内し、井戸の使い方も丹念に説明してくれた。
中庭で懇談が始まった。
一行が最初に紹介されたのは主の母であった。
インドの家庭では、年長者への尊敬心が厚いようだ。
家族総出で、紅茶と菓子を振る舞ってくれた。
一行のために、今、木の実の料理も作っているという。
伸一は、ぶしつけなお願いとは思ったが、その様子を見せてほしいと頼んだ。
人びとの暮らしを知っておきたかったのである。快く台所に案内してくれた。
二人の娘が、土間の片隅にしゃがみ込んで、七輪のようなコンロで、ミルクや湯を沸かしたり、木の実を炒めたりしていた。
水道も、ガスも、立派な調理台もあるわけではない。しかし、土間にはきれいに水が打たれ、清潔な感じがした。
出された菓子は、すべて自家製である。
また、クッションなどのカバーや子どもの服など、多くが手作りであった。
モノは、決して豊富とはいえないが、一つ一つの品に愛着があふれ、人間的な温かさ、心の豊かさが感じられた。
日本など、先進諸国が失いつつあるものが、ここにはあった。
紅茶をすすりながら、語らいは弾んだ。
伸一は、「家族は何人ですか」と尋ねた。
主は「七人、いや八人です」と言うと、にこにこして、一匹の大きな犬を抱えてきた。
「この犬も、家族の一員ですから」
主の表情には、“家族”であるとの思いがあふれていた。
単なるペットではなく、仕事の役割も担う共同生活者なのであろう。
三十分ほどの訪問であったが、伸一たちと家族は、すっかり打ち解けた。
帰りがけに伸一が記念の品を渡すと、主は、「必ず、また来てください」と言って、何度も彼の手を握り締めた。
出会いを大切にし、対話を交わすことから、心は触れ合い、人間の絆が育まれていく。国境も、民族の壁をも超えて。