小説「新・人間革命」 暁鐘 十三 2017年9月15日

ソフィア大学での記念講演を終えた山本伸一が訪れたのは、文化宮殿であった。
今回の招聘元である文化委員会のリュドミーラ・ジフコワ議長(文化大臣)と会談するためである。
彼女は、ブルガリア国家評議会のトドル・ジフコフ議長(国家元首)の息女で、文化を大切にするブルガリアを象徴するかのような、気品にあふれていた。
伸一は、二月末から三月初めにかけてメキシコを訪問した折、ジフコワ議長が偶然にも同じホテルに宿泊していることがわかり、妻の峯子と共に会っていた。
この時、既にブルガリア訪問が決まっており、招聘の中心者が議長であった。
彼女は、諸外国と文化交流を推進していくことが平和の道を開くとの信念で、精力的に世界を駆け回っている途次であった。
しかし、体調を崩していると聞き、伸一たちは、お見舞いの花束を届けたのだ。
そして、三月三日、伸一と峯子は、健康を回復したジフコワ議長とホテル内で会見した。
この日は、一八七八年にブルガリアオスマン帝国から解放された記念日であった。
彼女は、瞳を輝かせながら語った。
「ご夫妻は日本、私はブルガリアと、お互いに遠く離れた世界の端と端に住みながら、こうしてメキシコの地でお会いできるとは、なんと嬉しいことでしょう」
伸一も全く同感であった。
彼は、議長の体調を考慮し、会見は、早めに終わらせようと思った。
彼女は、オックスフォード大学などで学んだ歴史学者であり、穏やかな笑みを浮かべながら、話題にのぼった一つ一つの事柄の本質を、的確に語っていった。
短時間の語らいであったが、聡明さと知性を感じさせた。
仏法にも強い関心をもっているようであった。
「文化は橋です。国と国だけでなく、体制と体制の間にも橋を架けてくれます。
私は文化で戦争と戦いたいのです」
彼女の断固たる言葉に、伸一は、美しき花を貫く芯を見る思いがした。
「芯」とは、生き方の哲学であり、信念といえよう。