小説「新・人間革命」 暁鐘 五十九 2017年11月9日

ホイットマンの生家の一階には、彼の生まれた部屋、応接間、キッチンがあった。
キッチンにはロウソク製造器やパン焼き器、大きな水入れ、天秤棒などが陳列され、原野での自給自足の生活を偲ばせた。
二階の部屋には、数々の遺品が展示されていた。直筆原稿のコピー、肖像画、あの悲惨な南北戦争当時の日記……。
詩集『草の葉』についてのエマソンの手紙もあった。
形式を打破した、この革新的な詩は当初、不評で、理解者は一握りの人たちにすぎなかった。
そのなかでエマソンは、ホイットマンの詩に刮目し、絶讃したのである。
先駆者の征路は、めざすものが革新的であればあるほど、険路であり、孤独である。
過去に類例のないものを、人びとが理解するのは、容易ではないからだ。
われらのめざす広宣流布も、立正安国も、人類史に例を見ない新しき宗教運動の展開である。
一人ひとりに内在する無限の可能性を開く、人間革命を機軸とした、民衆による、民衆自身のための、時代、社会の創造である。
それが正しい理解を得るには、長い歳月を要することはいうまでもない。
広宣流布の前進は、粘り強く対話を重ね、自らの行動、生き方、人格をもって、仏法を教え示し、着実に
共感の輪を広げていく、漸進的な歩みであるからだ。
しかも、その行路には、無理解ゆえの非難、中傷、迫害、弾圧の、疾風怒濤が待ち受けていることを知らねばならない。
ホイットマンは詠っている。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて!
決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(注)
伸一にとってホイットマンは、青春時代から最も愛した詩人の一人であり、なかでも『草の葉』は座右の書であった。
彼は、同書に収められた、この一節を信越の男子部員に贈り、広布の新しき開拓への出発を呼びかけたことを思い起こした。
悪戦苦闘を経た魂は、金剛の輝きを放つ。
 
小説『新・人間革命』の引用文献
注 ウォルト・ホイットマン著『詩集 草の葉』富田砕花訳、第三文明社